分離感のもとで生まれる社会の中(自我世界の中)では、人はみずからが愛の現れ、神の現れ、または神の子、何と呼んでもよいのですが、万物自然の大切な一部であるという感覚を持つことができません。そこでは分離した自我の価値である所から争いや比較、劣等、優越の世界となってゆくことでしょう…。
しかし、真実は、あらゆるものはひとつなるものの一部である愛の現れとも言え、神の子であるとも言えるのです。
この万物自然の大切な一部である、あらゆるものは一つにつながった愛しい存在であり、それゆえに他と見えるすべてを自然とゆるすことができるのです。
それに深く気づいたときは、ゆるすということは、とても自然にできることであることでしょう。

MARTH
2017.12.15