Q:万物自然界の仕事をするときに、大きい仕事とか小さい仕事とかあるのでしょうか。

MARTH:万物自然の本当の姿は、神秘で未知な、ひとつなるところです…。すべてが愛(ひとつ)の現れで出来ています…。すべてが神秘なるもの、神なるもので出来ていると言っても良いでしょう…。古代からそれを人は“神”と呼んできました。とてつもないもの、信じがたいもの、はかりしれぬもののことです。ありとあらゆるものが、その未知なるものの現れです。それは一体ですから、愛と呼びます…。愛とは、一体であるということです。どんなに分離を信じても、結局すべてはつながっているという意味です…。愛とは、ひとつであるという意味です。人間がどれほど分離を信じても、残念ながらあらゆるものは一体です。そして、それゆえにあらゆるものは神聖です。あらゆるものは愛の現れです。ですから、大きい部分も、小さい部分も、すべて愛の現れなのです。ですから、すべて神聖で大切なものです。どの部分を扱うにしても、すべて大切な神聖なもの…。

しかし、分離社会、分離的価値観で生きる時、自我で生きる私達人類はそれをキャッチできません。そう思っていないからです。ですからそのように物事を動かすことが出来ません。水の結晶であろうが、雪の結晶であろうが、分子も原子も電子の霊子も、どんなものもそれらをキャッチしています。その人が万物自然、一体、すべてがひとつの感覚のなかで、すべてを大切にしながら生きていたとすれば、それらは結晶のようにそのような愛の形を表現することでしょう。逆に分離感・へだたり・自我を盲信して生きるなら、あらゆる結晶や生命体、分子や原子は、そのように腐敗した形にはたらくことでしょう…。

大切なのは、この世界の真実がいったいどんなものであるのか、本当の真実が未知で神秘で愛(ひとつなる)の現れだということに人類がつくづく気づいて、みずからの分離感、自我を終焉させようとすることこそ、真に私たちにとって得であり、真に新しく、美しい素晴らしい世界が生まれることになるのではないかと感じてなりません…。

MARTH
2018.1.10